奈良時代建築の至宝「薬師寺・東塔」③(最終回) | 奈良 観光 | 奈良ぶら

TEMPLE・SHRINE 奈良のお寺・神社情報

県208_薬師寺 東塔、西塔(東塔、西塔、回廊)na-ya-e07

奈良時代建築の至宝「薬師寺・東塔」③(最終回)

奈良・西ノ京の世界遺産「薬師寺」。薬師三尊像(薬師如来、日光菩薩、月光菩薩)をお祀りする金堂前の左右に並び立つのは、東塔と西塔。その東塔は奈良時代建立の国宝で、平成21年(2009年)12月に国宝薬師寺東塔保存修理事業専門委員会が設置されて以来、解体大修理が進められてきました。それから約10年半、いよいよ令和2年(2020年)、落慶を迎えます。
第3回(最終回)は「東塔の歴史と解体大修理」です。

【第3回「東塔の歴史と解体大修理」】

奈良時代建築の至宝「薬師寺・東塔」③(最終回)

写真提供:一般財団法人 奈良県ビジターズビューロー

 

 創建以来1300年近くを経た東塔は、これまでに幾度か修理が実施されています。前回1898年の解体修理から110年以上が経過した今回の解体修理は、建物をすべて解体し、破損部材の取替または修繕を行い、弱体部の構造補強を加えて新たに組み立てるという規模・工期・総事業費いずれも最大級の修理工事となりました。
 また、『薬師寺縁起』(伝1015年成立)によりますと、薬師寺にはかつて、東塔にお釈迦さまのご誕生からお悟りの原因となる「因相(入胎・受生・受楽・苦行)」、西塔にお悟りの結果から入滅に至る「果相(成道・転法輪・涅槃・分舎利)」が納められ、お釈迦さまの生涯を8つの場面で表した「釈迦八相」群像が祀られていました。しかし、西塔の果相は享禄元年(1528年)の兵火で焼失し、東塔の因相も正保年間(1644~1648年)に取り払われました。
 このたびの東塔解体大修理では、失われた「釈迦八相」群像を甦らせようと、文化勲章受章者の彫刻家・中村晋也師が壮大なレリーフを制作。東塔に「因相」を、西塔に「果相」を奉納していただきます。

 

■檫銘(さつめい)
 相輪の九輪第一輪の直下にあたる檫管に12行、129字の銘文が刻まれています。7行目までの銘序は薬師寺の縁起を語っており、いわく、「天武天皇8年(680)庚申の年、中宮(のちの持統天皇)の病気平癒を祈って薬師寺建立が発願されたが、完成しないうちに天武天皇が崩御。遺志を継いだ太上天皇(持統天皇)の世に薬師寺伽藍が完成した」という意味の文が記されています。

 

■露盤と伏鉢
 相輪の最下部にある四角い盤を露盤といいます。その上のお椀を伏せたような部位が伏鉢です。お釈迦様のお墓は円形のお椀を伏せたような形をしているとされ、古代インドでは「ストゥーパ」と呼びました。それが音訳されて、卒塔婆の字が当てられ、「塔」の語源となったそうです。伏鉢の形状はまさにストゥーパをモチーフにしたもの。伏鉢の上部にはインドのストゥーパに見られる方形の枠(平頭)が設けられています。

 

<解体大修理略年表>
2011年 東塔を覆う素屋根の設置工事。
2012年 瓦が外され、解体が始まる。
2013年 水煙が61年ぶりに地上に降ろされる。
2014年 心柱の取り外しが始まる。
2015年 礎石だけを残す状態まで解体が進む。
    極彩色に保たれた奈良時代の天井画が発見される。
2016年 調査の結果、東塔は藤原京から移築したものではなく、
    奈良時代に新築されたものだと発表される。
2017年 心柱を心礎に戻す立柱式。
2018年 心柱を継ぎ足す立柱の儀。
2019年 新調した「平成の水煙」を東塔頂部へ。
    東塔を覆っていた素屋根を撤去。

HASHTAGS 関連タグ

お寺・神社のまとめ記事一覧→