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『大和名所図会』今昔めぐり 25 榮山寺門前音無川(巻之五)(関連スポット:吉野川)

江戸時代の作家・秋里籬島と絵師・竹原春朝斎が奈良を訪れ、183点の絵と紀行文をまとめ、寛政3年(1791年)に刊行した『大和名所図会』。奈良県内各地の風景や社寺境内の鳥瞰図、自然や旧跡、年中行事や名産・習俗・伝承などが掲載され、奈良の魅力が盛りだくさんに紹介されています。江戸時代の作家と絵師が見た奈良の名所風景をたどり、追体験を楽しめるスポットを紹介していきます。
【参考】『大日本名所図会 第1輯 第3編 大和名所図会』(大正8年)(国立国会図書館)

25.榮山寺門前音無川(巻之五)(関連スポット:吉野川)

 

奈良県内では吉野川、和歌山県に入ると紀ノ川と称される一級河川では、江戸時代、吉野の山で育った良質の杉・檜などを乗せた材木運搬の筏が盛んに行き交いました。山から伐り出された木は、樹種別・材種別にされて、藤のつるで筏に編んで流されました。筏を編む技術は特別だったようで、「編み師」と呼ばれる専門職があったようです。

 

挿図に描かれているのは、吉野川の急流でも岩場でもなく、悠々とした流れに乗る筏。絵の左手から右へ進行中です。左手前にあるのは榮山寺。このあたりの流れは穏やかで、『大和名所図会』本文には「(榮山寺の)前なる川の水流見わたす所、前後十二町の間、四時常に浪たたず、水面静なり。世の人名けて音無川といふ。」と紹介されています。川に立つ波も瀬の音もなく、だから「音無川」と。吉野川の特定の区間の呼び名であって、川の名称ではありません。

 

絵にある筏に乗る2人の漕ぎ手(棹をさす人)は足を踏ん張っていますが、左の筏で薪に腰かけている男は手ぬぐいでほっかむりをし、煙草をふかし、余裕が感じられます。ベテランの船頭なのでしょうか。穏やかなスピードと揺れを楽しんでいる様子です。

 

榮山寺(五條市小島)は奈良時代の719年創建の古刹。藤原氏(南家)の菩提寺で、藤原仲麻呂が建てた奈良時代の八角円堂は国宝です。また「天下三名鐘」のひとつとされ、菅原道真と小野道風ゆかりの銘文が刻まれている梵鐘も有名です。挿図では、吉野川のそばにあるように思われますが、現在は県道39号(五條吉野線)を挟んだ位置にあります。

 

吉野川の筏流しは11月中旬から行われ、水をかぶるには冷たい季節。しかし、絵では榮山寺境内から松と梅が枝を伸ばしており、梅はチラチラと開花していそうに見えます。そうだとすれば、絵は早春3月ごろの風景。小春日和だったのかもしれません。吉野川の筏流しは昭和30年代まで、吉野川の風物詩として続けられました。

 

岸を進む駕籠の乗客、後ろに続く菅笠姿の旅人も、筏流しを観賞しながら、煙草をふかしています。この時代、喫煙率が高かったのでしょうか。

 

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