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孔雀明王_01

奈良で拝観 鎌倉時代の仏さま

2022年の大河ドラマで描かれる鎌倉時代。その始まりの年を「イイクニ(1192)作ろう」と覚えた人も多いでしょう。1192年は源頼朝が征夷大将軍に就任した年ですが、それより以前、東国支配権を得た1183年、あるいは、守護・地頭を置く権利を認められた1185年を鎌倉時代の幕開けとするのが現在の有力説です。
源平の合戦がひと段落した鎌倉時代の奈良では、合戦で傷ついた寺院や仏像を復興させる槌音が響き、こと仏像においては、慶派仏師が活躍しました。なかでも、康慶・運慶の父子、運慶の子・湛慶、快慶は特に有名です。
「鎌倉とどんなつながりが?」と思われるかもしれませんが、運慶は、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の主人公・北条義時、北条政子の父である北条時政発願の寺院の阿弥陀如来像といった諸像を手掛けるなど、鎌倉幕府との関連もあったのです。運慶中心の慶派仏師による東大寺南大門金剛力士立像(国宝)のほかにもある、奈良で気軽に拝観できる鎌倉時代作の仏像を紹介します。

【興福寺(奈良市)】
源平合戦の折、平重衡による南都焼き討ちで大半の伽藍が焼失した興福寺。現存する建物や多くの仏像・寺宝類は鎌倉時代の復興期とそれ以降に築造・制作されました。特に運慶ら慶派仏師は興福寺を拠点に数々の仏像を制作。興福寺は鎌倉時代作の仏像の宝庫と言えるでしょう。

 

<興福寺で拝観できる鎌倉時代作の主な仏像>
[東金堂]
十二神将立像(国宝)銘文によれば建永二年(1207年)彩色完了。
文殊菩薩坐像(国宝)仏師定慶作と推察される仏像。
維摩居士坐像(国宝)鎌倉初期の建久七年(1196年)仏師定慶による彫像。
※いずれも通常公開

 

[国宝館]
木造仏頭(重文)
頭部だけで98.0㎝。文治5年(1189)頃制作の西金堂本尊釈迦如来像の頭部だと考えられています。

 

金剛力士立像(国宝)
鎌倉時代の再興期に西金堂須弥壇上に安置されていた阿形と吽形。
仏師定慶作。生動の妙を表す写実性が秀逸です。

天燈鬼・龍燈鬼立像(国宝)
恐ろしげな迫力と滑稽な親しみが同居した鬼の彫刻。運慶の三男・康弁によるもの。
※いずれも通常公開

 

[南円堂]
不空羂索観音菩薩坐像(国宝)
南円堂本尊。仏師康慶とその弟子らが文治5年(1189)に作造。

 

四天王立像(国宝)東・持国天、南・増長天、西・広目天、北・多聞天

 

法相六祖坐像(国宝)
法相宗興隆に貢献した、常騰、神叡、善珠、玄昉、玄賓、行賀の肖像彫刻。仏師康慶とその弟子らの作。
※いずれも通常非公開/10月17日のみ特別公開

 

[北円堂]
弥勒如来坐像(国宝)北円堂本尊。晩年の運慶が制作指揮した傑作。

無著・世親菩薩立像(国宝)
無著(むちゃく)と世親(せしん)は法相教学を確立した兄弟僧。運慶指揮の下に制作。鎌倉彫刻の精髄と称されます。
※いずれも通常非公開/春・秋に特別公開あり

興福寺の詳細ページはこちらです。

 

【般若寺(奈良市)】
八字文殊菩薩像(重文)
鎌倉時代の楼門が国宝に指定されている般若寺。境内のシンボルである十三重石宝塔も鎌倉時代・建長5年(1253)のもの。この般若寺の本尊が、仏師康俊と康成による鎌倉時代作の騎獅の八字文殊菩薩像です。元は秘仏でしたが、本堂再建と同時に開帳されました。
同じく騎獅の文殊菩薩像を安置する安倍文殊院の像に比べ、丸みを帯びた頭身が少年のような面影を感じさせます。

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【円成寺(奈良市)】
大日如来像(国宝)
銘文に「大仏師康慶」とともに、「実弟子運慶」とあり、運慶が父であり師である康慶の指導の下で造ったものだとみられます。安元元年(1175)から翌年の完成なので厳密には“鎌倉夜明け前”の仏像です。相應殿に祀られています。制作当時20代であった運慶が、巨匠へ飛躍する一歩を踏み出した記念すべき傑作と言えます。

 

僧形文殊菩薩坐像(県指定文化財)
平安期の作例の流れをくむ仏像。造像銘によると、文永七年(1270)に食堂本尊として、仏師堯慶(ぎょうけい)によって造られたことがわかっています。
※いずれも通常公開

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【如意輪寺(吉野町)】
金剛蔵王権現立像(重文)
子どもなら見て泣き出しそうなほどの激しい忿怒の表情をしています。右腕を振り上げ、宙に浮かせた右脚は今にも大地をドシンと踏みつけそう。天衣や火炎光背に炎色がよく残り、躍動感を際立たせています。
※通常公開

 

〒639-3115 奈良県吉野町吉野山1024

 

【正暦寺(奈良市)】

奈良で拝観 鎌倉時代の仏さま
孔雀明王像(県重文)
奈良市の郊外、山・水・空気が澄む「菩提山」に建つ正暦寺。日本清酒発祥の地、紅葉の名所などとして知られています。孔雀明王像は、孔雀に乗った珍しい仏様で、光背は孔雀の羽で飾られています。毒(災難、災害、煩悩等)から人々を守護する仏様として信仰され、普段は「福寿院客殿」(江戸前期の数寄屋風建築/国重文)で拝観可能。

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【松尾寺(大和郡山市)】
千手千眼観世音菩薩立像
日本最古の厄除霊場として知られる松尾寺。縁起は奈良時代に遡りますが、鎌倉時代の建治3年(1277)に根本本尊の観音像が焼失。後醍醐天皇が鎌倉幕府を打倒した元弘の乱後に成立させた建武政権時代の復興造営の象徴として造られたのが、この「千手千眼観世音菩薩立像」。厳密には“鎌倉時代後”の仏像ですが、彩色ではなく、素地のままの彫刻様式は鎌倉時代中期頃からの流れをくんでいると言えます。

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【安倍文殊院(桜井市)】
渡海文殊群像(国宝)
獅子に乗る文殊菩薩(騎獅文珠菩薩像)、善財童子像、優填王像、維摩居士像、須菩提像から成る群像。文殊菩薩が智恵を授かるための説法の旅に出ている姿だと言われています。
いずれも国宝ですが、特に「騎獅文珠菩薩像」は荘厳、精緻に満ち、右手に剣(降魔の利剣)を、左手に慈愛を象徴する蓮華を持っています。胎内から見つかった墨書銘から、快慶が建仁3年(1203)に造った像だとわかっています。獅子を含めた像高は約7m。拝観すれば、迫力と威厳に打たれます。

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