• 奈良事典

奈良ゆかりの伝統色 1.杜若色(かきつばたいろ)

日本には古来たいせつにされてきた文化がたくさんあります。「色」もそのひとつ。人々は一日、あるいは一年(四季)のうちに緩やかに変容する色、すなわち自然界の色素を見て、色名を付け、歌に詠み、衣服を染めて、色の記憶をつむいできました。そうしたことは、文字に残る記録上、万葉の時代に始まったとされます。1300年前と今とでは見る景色はまるで違いますが、花びらや樹皮、葉や根、鉱物などから染め出した色は、古代の人々も現代の私たちも“同じ色”を見ているのではないでしょうか。そんな「日本の伝統色」から奈良ゆかりの色を紹介します。

■幸運を呼ぶ気高き色■

5月を鮮やかに染める色のひとつに紫があります。野辺や水辺に咲き競う、カキツバタ(杜若・燕子花)やアヤメ、ハナショウブの花の色です。

 

紫は古来高貴な色として好まれました。前漢の武帝は紫を天帝の色と定め、ギリシャ・ローマ帝国の皇帝も紫を衣服の象徴的な色としました。

日本でも推古天皇11年(604年)制定の冠位十二階において最高位を示す色とされ(諸説あり)、また、正倉院中倉にはムラサキの根(紫根)で染めた糸で編んだ「最勝王経帙」(さいしょうおうきょうのちつ)が収められています。

 

『万葉集』にはカキツバタの花びらで衣や布を染める花摺りに興じる歌が入っています。不退寺(奈良市)を開基したと伝わる在原業平が『伊勢物語』の中で「かきつばた」の5文字を各句のはじめに置いて詠んだ「からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思ふ」も有名です。

 

カキツバタに芸術の光を照らすと、尾形光琳『燕子花図屏風』(国宝)が燦然と輝きます。その光琳に私淑した江戸時代後期の絵師・酒井抱一は代表作『十二か月花鳥図』に『燕子花鷭圖』などを描きました。

 

カキツバタは、奈良県では法華寺、唐招提寺、長岳寺などで初夏を彩ります。境内を訪ねると、花言葉「幸運は必ず訪れる」にあやかれるかもしれません。

 

5月になるとカキツバタが咲き誇る国史跡名勝庭園がある法華寺の記事はこちらです

 

いずれ菖蒲か杜若」…見分けるポイント!

・カキツバタ=外花弁に白いすじがあります。

 

・アヤメ=花びらの付け根あたりに網目模様があります。

 

・ハナショウブ=外花弁に黄色のすじがあります。