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『大和名所図会』今昔めぐり 22 十市里 大和川(巻之四)(関連スポット:大和川)

江戸時代の作家・秋里籬島と絵師・竹原春朝斎が奈良を訪れ、183点の絵と紀行文をまとめ、寛政3年(1791年)に刊行した『大和名所図会』。奈良県内各地の風景や社寺境内の鳥瞰図、自然や旧跡、年中行事や名産・習俗・伝承などが掲載され、奈良の魅力が盛りだくさんに紹介されています。江戸時代の作家と絵師が見た奈良の名所風景をたどり、追体験を楽しめるスポットを紹介していきます。
【参考】『大日本名所図会 第1輯 第3編 大和名所図会』(大正8年)(国立国会図書館)

22.十市里 大和川(巻之四)(関連スポット:大和川)

 

大和川は桜井市の北東部に発し、佐保川、飛鳥川、竜田川、富雄川などを集めながら、生駒葛城山地を抜け、大阪平野を西へ流れ、大阪湾に注ぎます。総延長68㎞の一級河川です。図会本文には「城上郡(現在の天理市南部、桜井市、宇陀市北部を含む一帯)より流れて、倭恩智社の西南を経て大和川といふ。末は廣瀬郡に入りて廣瀬川といふ。」と紹介されています。

 

絵には大和川を小高い場所から眺める貴族らしき2人。遠い向こう岸に土手はなく、河川敷に草ぶき屋根の家々が寄り集まっています。舟は描かれていませんが、漁などをして生計を立てていたのかもしれません。しかし、ひとたび大雨が降れば、川幅が広がり、激流にのまれてしまう危うさを心配してしまいます。

 

絵中の歌は「逢ふ事のとをちの里は大和川おもはぬ中に有りとこそけき」とあり、川の向こう岸が遠いことに掛けられています。絵を見ると、なるほど、向こう岸の漁村にいる人々が米粒のように描かれています。また、本文にはこれとは別に、「大和川櫻みだれて流れ来ぬ初瀬の方にあらし吹くらし」の歌も記されています。

 

図会にあるように、大和川は、古来、大和の人々の暮らしとともにありました。しかし、時を経て21世紀、河川汚濁の指標「生物化学的酸素要求量」において、2005年から3年連続全国ワースト1位という不名誉なレッテルを貼られてしまいました。

 

汚名返上を懸けて、汚染の主原因であった生活排水の流入を防ぐ対策(下水道整備や合併処理浄化槽の普及など)が推進され、2010年と2011年には、一級河川における「過去10年間で水質が大幅に改善されている河川」で全国1位になるほど、劇的に水質改善が進みました。
そうは言っても、2010年はワースト3位。一部流域ではアユが泳ぐのも見られるようになりましたが、大和川の清流を復活させようという取り組みは、今も、もちろんこれからも続きます。

 

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