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『大和名所図会』今昔めぐり 24 葛城山の山伏

江戸時代の作家・秋里籬島と絵師・竹原春朝斎が奈良を訪れ、183点の絵と紀行文をまとめ、寛政3年(1791年)に刊行した『大和名所図会』。奈良県内各地の風景や社寺境内の鳥瞰図、自然や旧跡、年中行事や名産・習俗・伝承などが掲載され、奈良の魅力が盛りだくさんに紹介されています。江戸時代の作家と絵師が見た奈良の名所風景をたどり、追体験を楽しめるスポットを紹介していきます。
【参考】『大日本名所図会 第1輯 第3編 大和名所図会』(大正8年)(国立国会図書館)

24.葛城山の山伏(巻之五)

 

前回の「金剛山」と同じく、葛城山も修験道の霊地。修験道の開祖・役行者も修行した聖なる山です。江戸時代にも山伏姿の修験者がいました。

 

挿図に描かれた山そのものは、雲か霧かが立ち込め、遠近と奥行きが強調されて、いかにも幽谷深山の気配を漂わせます。中央奥の道には材木(薪)を天秤棒で運ぶ山師2人の姿も描かれています。

 

しかし、よく見ると、絵の5人一行が歩く道の傾斜は緩く、平らにならされていて、歩きやすそうです。歯を食いしばって岩壁や剣山を踏破するという苦行の様子はなく、表情も和やか。談笑しているようにも見えます。

 

先頭に立って振り返っているのは先達の山伏で、しんがりを務める山伏とともに、この2人だけが荷を背負っています。間に入った3人は荷を持たず軽装で、表情もどこかお気楽。用もなさそうなのに、ホラ貝を吹いている人物もいます。どうやら、講の山上詣のようです。厳しい修行の地へ行く覚悟はなく、遊山気分で葛城山を満喫しています。

 

挿図の右上には、源兼昌(平安時代後期の歌人)の歌が引用されています。能「葛城」の一節にもある、「かつらぎや 木の間に光る 稲妻は 山伏の打つ 火かとこそ見れ」でしょう。

 

「稲妻、火」で思い起こされるのは、古来こうした修行場としての山岳に伝わる不思議な現象や異形な獣などの出現です。葛城山にも伝説が残されており、『大和名所図会』本文には、

「斉明天皇元年五月、龍にのりて虚空をかけるものあり。」
「天武天皇九年二月、葛城山に麟角あり。」
「同御宇白鳳十三年、葛城に四足の鶏あり。」
の3例が紹介されています。

 

現在の葛城山は、登山道が整備され、ロープウェイも運行されていて、親しみやすい山です。キャンプ場もあり、山頂一帯を彩る初夏のツツジ、秋のススキのシーズンを中心に多くの登山客でにぎわっています。

 

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