• 奈良事典

大和伝統工芸② 奈良べっ甲

正倉院にべっ甲装飾の宝物あり! 日本の伝統工芸「べっ甲細工」のはじまりは、やっぱり奈良⁉

人類は古来、生活道具や工芸品、宝飾品などを製作するのに天然素材―木、石、粘土、動物の角、そして海亀タイマイの甲羅「べっ甲」も―を利用してきました。実用面だけでなく、人々は意匠や装飾にも着目し、べっ甲を材料にしたものでは、江戸時代以降、眼鏡フレーム、櫛(くし)、かんざし、帯留めなどが“おしゃれ”をたしなむ人々の間で人気を博しました。

 

べっ甲の日本におけるルーツを探ると、正倉院に収められた宝物までさかのぼることができます。この歴史的事実を元に、現代の奈良でつくられる「奈良べっ甲」を紹介します。

 

 

■「べっ甲」とは

 

べっ甲は海亀の一種「タイマイ」の甲羅から取れるもので、黄褐色のイメージが強くあります。所々半透明で、濃褐色の斑点があるのも特徴です。

 

べっ甲を用いた道具・工芸品製作の歴史は古く、中国では6世紀末頃にはべっ甲細工の技術があったようです。べっ甲が装飾に使われた正倉院宝物「玳瑁(たいまい)螺鈿(らでん)八角箱」もこの頃、中国から持ち込まれたと考えられます。また、聖徳太子が居住した「上宮」ともいわれる集落遺跡・上之宮遺跡(桜井市)からは飛鳥時代のものとみられるべっ甲の破片が出土しています。

 

ただし現在、タイマイはいわゆるワシントン条約によって商業取引が禁止されています。元々タイマイは日本の海には生息していないため、べっ甲を入手するには輸入するしかありませんでした。ワシントン条約でそれもできなくなり、べっ甲細工の職人たちは、禁止前の在庫分を確保したり、禁止前は廃棄していたような端材を合わせて利用したりすることで作品をつくり続けています。

 

 

■「奈良べっ甲」

 

正倉院に収められた「玳瑁螺鈿八角箱」は正倉院展にこれまで7度出陳されています(奈良国立博物館以外の開催も含む)。そのうち昭和61年(1986年)の正倉院展でこれを見て、大きな衝撃を受けたのが、現代の名工で黄綬褒章受章者の池田柏藻(いけだはくも)氏です。

 

池田氏は、大阪で修業した後、昭和49年(1974年)に独立して「奈良べっ甲 池田工房」(桜井市)を開きました。「日本のべっ甲は奈良が発祥」との思いを持ち、自ら創作するべっ甲細工を「奈良べっ甲」と呼んでいます。べっ甲ひとすじに技術を磨き、作品をつくり続け、ものづくりの系譜を次代に継ぐことにも力を注いでいます。

 

池田氏は「作品のモチーフにしているのは唐草模様、それに日本の古典柄、正倉院柄が多いでしょうか。昭和61年の正倉院展で見た玳瑁螺鈿八角箱には感動しましたが、日本にはいないタイマイの甲羅を使ったべっ甲細工が正倉院の時代に日本に入ってきて、天皇に献上されていたことに、“奈良べっ甲”の奥深さを感じます」と“奈良べっ甲”の歴史的な魅力を話してくれました。

 

 

■べっ甲細工の工程

 

①べっ甲は1枚だけでは厚みが足りないので、仕上がりの色柄を想像しながら2~3枚を熱で圧着させます。それを削ったり磨いたりして、型を整えていきます。

 

 

②表面を削った後、デザインを描いた紙を当てて、極細の糸ノコで透かし彫りをします。池田氏はべっ甲に透かし彫りができる数少ない名工のひとりです。

 

 

③手製のカッターやヤスリをハンドピースに装着して、繊細なデザインに仕上げていきます。

 

 

④やわらかい布を重ねて磨き砂で磨き、仕上げにツヤを出して完成です。

 

池田工房では、ペンダント、イヤリング、ブローチ、ブレスレット、バレッタ、ループタイなど多彩な作品がつくられています。

色、ツヤ、透明感、精緻を極めた透かし彫りのデザイン。べっ甲が放つ魅力に触れてみてください。

 

<取材撮影協力>
「奈良べっ甲 池田工房」
〒633-0073 奈良県桜井市茅原168
0744-43-4734(10:00~17:00)
販売の他、べっ甲細工体験もできます。