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『大和名所図会』今昔めぐり ⑲三輪社 大三輪寺 若宮(関連スポット:山の辺の道)

江戸時代の作家・秋里籬島と絵師・竹原春朝斎が奈良を訪れ、183点の絵と紀行文をまとめ、寛政3年(1791年)に刊行した『大和名所図会』。奈良県内各地の風景や社寺境内の鳥瞰図、自然や旧跡、年中行事や名産・習俗・伝承などが掲載され、奈良の魅力が盛りだくさんに紹介されています。江戸時代の作家と絵師が見た奈良の名所風景をたどり、追体験を楽しめるスポットを紹介していきます。
【参考】『大日本名所図会 第1輯 第3編 大和名所図会』(大正8年)(国立国会図書館)

19.三輪社 大三輪寺 若宮(関連スポット:山の辺の道)

 

右上に山頂、向かって左側に裾野を伸ばす三輪山(桜井市)。万葉歌人の額田王が雲で三輪山が見えないのを残念がって、「三輪山をしかも隠すか雲だにも情あらなむ隠さふべしや」と詠んだように秀逸な山容を見せてくれます。図では三輪山一帯を巧妙な配置で俯瞰しています。

 

題にある「三輪社」は日本最初(最古)の神社に数えられるほどの古社で、その由来は神話時代にさかのぼります。現在は大神神社(おおみわじんじゃ)と呼ばれており、ご祭神は大物主神。大神神社の由緒によると、『古事記』に「大国主神の前に現れ、国造りを成就させる為に『吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ』と三輪山に祀られることを望んだとあります」とのこと。

 

三輪山はご祭神が祀られたご神体として崇められています。また、崇神天皇がその治世に疫病が流行したところ、大物主神を祀って疫病をしずめたという伝承も残されています。

 

挿図には、左下から参拝者がちらほらと歩いているのが見える松並木の参道が延び、階段をのぼって拝殿に至る境内の様子が描かれています。拝殿は江戸時代に建てられたようで、そこから三輪山を仰ぎ見て、参拝します。

 

三輪山は登拝が可能。大神神社の摂社「狭井神社」で受付が必要です。三輪山は神聖な山であり、登山やハイキングで登る山ではありません。水分補給以外の飲食や撮影、火気使用は厳禁されています。受付時に注意事項をよく確認して、登拝してください。

 

また、本文には「酒を三輪をいふ事此神のつくりはじめ給ひしゆえとぞ」と、三輪山の神が酒の神であることが記されています。それに関連して、境内には数本の杉の名木も描かれており、万葉の時代から「味酒(うまざけ)の三輪」と称された『酒の神』らしく、神木の杉の葉でつくった玉は、各地の酒屋に掲げられ、酒造りを見守っています。

 

視線を挿図の左側に転ずると、大三輪寺(若宮)の堂塔が見えます。大神神社の神宮寺として創建され、三輪明神と天照大神は一体だとする『三輪大明神縁起』を著した鎌倉時代の僧叡尊によって再興しました。明治維新の神仏分離によって、大直禰子(おおたたねこ)神社に改められ、元大三輪寺のご本尊・十一面観音菩薩立像(国宝)は聖林寺(桜井市)に移されました。大直禰子は『日本書紀』では、大神神社ご祭神の大物主神の子とされています。

 

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