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『大和名所図会』今昔めぐり 26 五條里の旅宿

江戸時代の作家・秋里籬島と絵師・竹原春朝斎が奈良を訪れ、183点の絵と紀行文をまとめ、寛政3年(1791年)に刊行した『大和名所図会』。奈良県内各地の風景や社寺境内の鳥瞰図、自然や旧跡、年中行事や名産・習俗・伝承などが掲載され、奈良の魅力が盛りだくさんに紹介されています。江戸時代の作家と絵師が見た奈良の名所風景をたどり、追体験を楽しめるスポットを紹介していきます。
【参考】『大日本名所図会 第1輯 第3編 大和名所図会』(大正8年)(国立国会図書館)

26.五條里の旅宿(巻之五)(関連スポット:新町通り)

 

五條の宿場風景が描かれています。町人、商人、行商人、旅人、馬などで描かれ、活気が伝わってきます。『大和名所図会』の著者・秋里籬島と絵師・竹原春朝斎もきっとこの宿場町を訪れ、行き交う活気・喧噪を肌に感じたことでしょう。

 

そもそも五條は古くから交通の要衝で、東へ向かう伊勢街道、西へ向かう紀伊街道が延びていました。北へ行けば奈良盆地へ、あるいは金剛山地を越えて河内へも通じており、南に目を転じれば空海が開いた高野山につながります。さらに吉野川(紀ノ川)が流れ、吉野の山々から木材を運ぶ筏が盛んに川を下るなど、水陸両面で交通の要地です。

 

挿図にある正面の館には「旅宿」の札が立っています。食材を運んできた人、草鞋を脱ごうとしている人、天秤棒に桶をぶら下げ行商する人、旅宿の女将さんに駕籠に入った魚(尾しか見えていませんが、タイのような尾びれです)を勧める人、もちろん宿場町ですから旅人らしき姿も見られます。黒い着物を着て、旅宿の座敷に右足を乗せている男性は宿の主人でしょうか。

 

左上の文には「四方の旅客」「遠近の産物」「朝市夕市」「商家多く」といった文字が見え、「郷の賑ひいはん方なし」(五條の郷の賑わいは何とも言いようがないほどだ)と記されています。絵を見ていると、会話や足音などが奏でるざわめきが聞こえてきそうです。

 

この時代の風情を今も感じられるのが、五條新町通りです。江戸時代初期に五條藩の城下町として開かれました。後に大和南部の天領を管轄する五條代官所が置かれ、町は繁栄し、賑わいました。しかし、幕末、五條代官所は尊王攘夷派の天誅組に襲撃されました。

 

新町通りには、現在も江戸時代以降の各年代の代表的な建築様式が残されており、2010年に重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。慶長12年(1607年)建築の栗山家住宅(非公開)は建築年代が判明している民家としては日本最古です。明治~大正時代の民家を改築した「まちなみ伝承館」では町の歴史文化にかかわる資料が展示されています(五條市本町2丁目7-1/9:00~17:00/水曜休館/入館無料)。

 

周辺には、吉野川河川敷、櫻井寺(天誅組本陣)、幻の五新鉄道跡、機関車金剛ハロー号、五條代官所長屋門跡といった観光スポットが点在しています。

 

五條新町通りの詳細情報ページはこちらです。
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