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奈良時代を彩った女性たち~④東大寺大仏開眼供養を催行した「孝謙天皇(称徳天皇)」を巡る

「奈良 モデルコース」の奈良時代に活躍した女性ゆかりのスポットを巡るシリーズ。第4回は聖武天皇の皇女で「即位→譲位→重祚」と天皇に2度なった女帝・孝謙天皇(称徳天皇)です。

日本人にとって最も身近な古代といえる奈良時代。華やかな文化が開花し、政界では女性天皇はじめ、現代以上に女性たちが活躍していました。「奈良 モデルコース」シリーズの『奈良時代を彩った女性たち』では歴史に登場する女性たちゆかりのスポットを巡ります。第4回は聖武天皇と光明皇后の娘で、初の女性皇太子だった孝謙天皇(称徳天皇)の足跡をたどります。

スタート

近鉄「奈良」駅から徒歩約20分

1 東大寺

孝謙天皇は749年に即位し、758年に譲位するも、764年に重祚して770年8月まで称徳天皇として在位しました。父は「奈良の大仏」で親しまれる東大寺廬舎那仏像建立の詔を発した聖武天皇、母は藤原不比等の娘で、悲田院・施薬院など慈善事業に尽力した光明皇后です。自身は生涯独身でした。
聖武天皇から譲位されて孝謙天皇が即位した749年に大仏の鋳造が終わり、続いて、752年には開眼供養会が行われ、参列者は1万人を優に超えたとされています。

2 西大寺

764年に重祚した称徳天皇時代、奈良に限らず各地の有力な大寺に行幸し、仏教重視を前面に押し出しました。西大寺は重祚して称徳天皇となる直前に四天王像の造立を発願したことが起こり。称徳天皇として即位後の765年に創建されました。称徳天皇が重用していた僧・道鏡は政治的にも力を持ち、西大寺も道鏡の意向が影響したと言われています。
称徳天皇は、東大寺に対する西大寺の拡張にも努め、西大寺は薬師金堂、弥勒金堂、東西2基の五重塔など、壮大な伽藍を誇っていました。奈良時代の名残として、東塔跡、西塔跡、四王堂にある四天王立像が踏みつける邪鬼などがあります。また天皇の歌が刻まれた石碑もあります。

3 西隆寺

称徳天皇が発願し、766年に建立された尼寺。鎌倉時代に廃寺となったため、現在は当時の建物などを見ることはできませんが、現在の近鉄百貨店奈良店とならファミリーが建つ一帯に東西、南北ともに約250mの境内を持っていました。講堂や鐘楼、楼門や南大門などがあったとされ、発掘調査では金堂、塔、回廊、東門、南面築地塀などが確認されています。
みずほ銀行裏のコインパーキングの一角に「西隆寺塔跡」と案内板、近鉄百貨店北西の一角に「西隆寺回廊跡」(復原遺構)と案内板がそれぞれあり、見学することができます。

4 第一次大極殿

710年に遷都された平城京の中で、大極殿は天皇に関係する重要な儀式等が行われた宮殿です。都は740年に恭仁京へ遷都されます。それとともに大極殿も移築されました。平城宮の“大極殿跡”には、西宮といわれる宮殿が建てられ、孝謙天皇(称徳天皇)はここに住みました。そして770年8月、西宮寝殿で崩御しました。現在立つのは2010年に復原されたものです。

5 高野陵(佐紀高塚古墳)

宮内庁が孝謙天皇(称徳天皇)の陵(みささぎ)として治定しています。佐紀高塚古墳との名称がつけられた前方後円墳で、ならファミリーから北東へ徒歩すぐにあります。車道から砂利を踏み鳴らしながら近づいて行くと、陵を守るように木々が濃く茂ります。本当にここが孝謙天皇(称徳天皇)の陵なのか疑問視する説もあるようですが、それはさて置き、間近に立つと女帝が眠るにふさわしい長閑な雰囲気を感じ取ることができます。

〒631-0803 奈良県奈良市山陵町

近鉄「大和西大寺」駅

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